宮台真司をあてにするな!
宮台真司氏が何者かに襲われ重傷となったというニュースをみた。
幸い命に別状はなく、会話もできるほど回復しているとのこと。
まずは一安心である。
今の若い人の中でどれくらい知られているのかわからないが、わたしの若かりし頃はとても有名な知識人であった。
社会システム論という難解な学問を使って、様々な社会問題をズバズバと切っていく姿がかっこよく、私も氏の著作を何冊も読んだ。
宮台氏の唱えた有名かつ中心的なテーゼが「退屈でつまらない終わりなき日常を生きよ!」というものだった。
国家のためにとか、社会のためにとか大仰なロマンを拠りどころとして生きるのは成熟社会においてはダサいことで、平和でまったりした日常を楽しく生きられるコミュニケーション能力こそ大切だ、という主張だったと思う。
たしかに、20~30年前は平和で安定的な社会が続いていくように見えていた。
しかし、この数十年の間に状況は激変し、「退屈でつまらない」どころか、「どうにかしてうまいことやらなければ没落するサバイバル」な環境となった。
私はこの点に関しては天才宮台氏の言論は外れたと思っている。ミスリードしている。
「宮台先生の言うことを信じて、まったり楽しく生きられる能力を高めていたのに、出世したがりの上昇志向の強い者たちの方がより良い人生を送れそうな社会になってきているじゃん!話がちがうじゃん!」と思っている彼のオールドファンは少なからずいるはずだ。
私もそのうちの一人である・・・。
そんなわけで、上昇志向を否定し、コミュニケーションから生の充実をくみ取るべし、と訴え続けた氏の主張は魅力を減じ、最近露出が減ってきたのかなと思っていた。
そう思っていた今日この頃、YOUTUBEのおすすめ動画に彼の顔がしばしば上がってくるようになった。なんとホリエモン氏やひろゆき氏の番組に出ているではないか。
これには少しびっくりした。
私の認識では、かつて宮台氏や東浩紀氏らが担っていたポジションを、今はホリエモンやひろゆき氏が担っていると思っていた。
「知」の視聴者のトレンドが「思想や哲学」から「実業」に変化したわけだ。
ビジネスや世間の仕組みをわかったような気にさせてくれるホリエモン氏やひろゆき氏といった人たちの言説に世間の耳目がうつっていったものと理解していた。
そう思っていたのでホリエモン氏やひろゆき氏の番組に宮台氏が出演するのは、新旧スター対決のようなかんじがして、とても興味をそそられた。
なので、早速視聴してみた。
しかし、はっきりいってあまり盛り上がっていなかった。
思想・社会学という宮台氏のフィールドだと、実業家のホリエモンやひろゆき氏が話せることは大して無く、かみあっていない感じであった。(デュルケムとかハーバマスとかに、ホリエモン氏らが素養のあるはずもなし。)
盛り上がらないながらも、ホリエモンもひろゆき氏も売り出し中の成田悠輔氏もみな宮台氏をそれなりにリスペクトしている様子が見て取れた。ここらへんの自信満々の才人たちが少し畏まってしまうほど、宮台真司の経験値と頭脳は凄みがあるのだろう。
そして、これらの影響力のあるYOUTUBE番組への出演を機に、もしかしたら宮台氏の世間への露出が再び増えるかもしれないなと思っていた。
その矢先に今般の事件が起きた。
この度の襲撃事件によって、心身に重篤な後遺症が残らなければいいなと心から思う。宮台真司であればこの事件すら新たな武勇伝にして、再度言説の中心部で存在感を示す可能性も大いにあると思っている。オールドファンの一人として、そうなることを願っている。
・・・と宮台真司礼賛の方向性で文章を書いてきて、その流れのまま本稿を閉じようと思ったのだが、一つ言っておかなくてはならないことがあることを思い出した。
将来有望な若者たちのために次の警告を発さなくてはならない。
けっして宮台真司をメンターにしてはいけない。
特に何らかの表現活動をしようとしているような人たちに対して強調したい。
漫画やアニメや、小説、映画、音楽、コピーライト等々、創作系の活動を目指している人たちは要注意だ。
彼の批評を読んで、様々な表現者たちが酷評される様を見て、うぶな若者は、「宮台先生にカス扱いされないだけの基礎教養を身につけてから、創作をしよう。」などと考えてしまうかもしれない。
これが大きな間違いだ。とんでもない落とし穴だ。
宮台氏の100分の1の教養を身に着けるだけで凡人だと一生かかってしまう可能性がある。
宮台氏の視線を気にして、彼に認めてもらえるだけの基礎教養を身につけてから、などとこだわっていたら、あっという間に30歳になり、40歳になり、50歳を迎えてしまう。
肝心要の自分のやりたい創作や表現活動に手をつけられずに終わってしまう。
それよりも中身がスカスカでも下手でもいいので、まず表現活動した方がいい。そして、色々ダメ出しされればいい。酷評もされればいい。そうするうちに、改善すべきところは改善して、腕前もあがっていくだろうし、様々なノウハウも溜めていけるだろう。
いつか、人の手つかずのジャンルを見つけたり、思わぬヒットがでたりして、ブレイクスルーすることもありうるかもしれない。
評論家に馬鹿にされない「素養」なんてものを整える前に、自分がやってみたい表現活動を「まずやってみろ。」と私は言いたい。時間はあっという間に過ぎていく。光陰矢の如しだ。
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ここまで語っているとホールスタッフのアリサちゃんが新しいお湯割りを持ってやってきた。
「はい、芋のお湯割り。」グラスをトンと机に置いてくれた。
そして私に問いかけてきた。「ミヤダイって人ををメンターにするなって言ってるけど、訓垂れさんは誰かのメンターになりたいの?いつもけっこう語ってるけど・・・。」口元を形のいい三日月にして、いたずらに笑っている・・・。
い、い、い、いや、私はただの、実績0のおじさんだから、、、。
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